by キョウコ プロフィール&治療歴
2004年秋 結婚(31歳)
2008年春 大阪/江坂にあるKLC系列のクリニックへ(34歳) AIH 1周期…陰性 IVF-BT 1周期…陰性 IVF 2周期…胚盤胞まで到達せず IVF 3周期…胚盤胞を3つ凍結 BT 4周期…陰性 BT 5周期…陰性 BT 6周期…陰性 モットーは「平常心で不妊治療」、だけどなかなかそうもいきません。4回の良好胚盤胞移植をするも着床せず。どうやらそこにボトルネックがあるみたい。 2011年夏 長いお休み期間を経て、大阪/高槻のクリニックへ転院(37歳) IVF 7周期…初期胚を2つ/胚盤胞を10個凍結 BT 8周期…陰性 BT 9周期…陽性 6回目の移植にして初めての妊娠(38歳)、2013年早春、出産(39歳)。 2014年秋 不妊治療再開。凍結胚を移植。 BT 10周期…陽性 2015年夏、出産(41歳)。 カテゴリ
はじめに 不妊検査 AIH 1周期 IVF-BT 1周期(移植1回目) IVF 2周期 IVF 3周期 BT 4周期(移植2回目) BT 5周期(移植3回目) BT 6周期(移植4回目) 治療お休み期 費用について 転院 IVF 7周期 BT 8周期(移植5回目) 不育症検査 BT 9周期(移植6回目) 陽性反応後 妊娠そして出産 2人目治療にむけて BT 10周期(移植7回目) ふたりめの妊娠そして出産 治療方針について 不妊治療の一般的な話 鍼灸と身体にまつわる試み 以前の記事
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2008年 11月 14日
しばらくぶりの日記になってしまいました...
様子をみに訪ねてくださった方々、ごめんなさい。 想定外の受精せず&顕微授精から、いちおう受精確認、そして1週間後胚盤胞まで到達せずとの報告をうけて、すっかり気持ちはいじけておりました。 この周期は凍結までとして、そもそも移植の予定はなかったのですが、結局ぴったりと28日で周期リセット。D5の数日前、ようやくクリニックへ行きました。今回の結果について先生の見解をきくために、そして今後の方針について考えるために。 ポイントはこのふたつ。 ・4つ採卵できたのに、何故そのうちの1つも正常に受精しなかったのか ・顕微授精のち、何故胚盤胞まで到達しなかったのか 精子の状態も、卵子の状態も、数値のうえで、目視したうえで、特になにも問題はみつけられなかったようです。精子のほうは1回目のIVF-ETの時よりだいぶ良かったくらい。採卵のタイミングも1回目より1日遅くD14でやっているし、また採卵翌日に受精はしていないけども卵子の状態がよかったということは未熟卵だったということでもない(ここは培養士さんが電話で言っていたことと異なる見解)。そうすると卵子の質を疑うのが自然ということになる。けど基本的に原因はやっぱり「不明」のようでした。 ただ、1回目と2回目でこんなふうにすごく結果が違うということは、治療をすることでキョウコさんの身体、卵子の状態が影響を受けていると考えられる(というか、たぶんそのくらいしか考えられることがないということなんだろうなと思う)。 ゆえに、2ヶ月か3ヶ月、間を開けたほうがいい。キョウコさんが40歳だったらその時間が勿体ないけれど、35歳ならば2~3ヶ月あけることでのデメリットはないと思う。時期を開けずにすぐにまた採卵を選ぶ方法もあるけれど。結婚して4年、焦る気持ちも分かるのだけど。というのが先生の意見。 そして、治療をしない2ヶ月ないし3ヶ月は、できればピル(プラノバール)を服用して、排卵させない。それによって卵子を温存することができるし、卵巣を休ませておくことができるから、また次の治療がやりやすくなるし、とのことでした。 私は、今回の結果をどうとらえるべきなのか分からないし、どうするべきなのかすぐに決めることはできなかったけど、すぐ次の採卵に向かわないことはいったん受け入れました。でも排卵を止める――薬によって身体のリズムを変えてしまうことは嫌だったので、薬は飲みたくない旨伝え、院長先生も了承。では、2ヶ月か3ヶ月開けて、D3に来てください、ということで診察は終わり。 はあ。うまくいかないものですね。 体外受精は3回までと決めていて、今まだ2回、いやほとんど1.5回しかしていないのだけど、今回受精しなかったことは気持ちのうえで大きなダメージになってしまいました。 一体どうして、って腑に落ちないし、何かミスったんちゃうのんと訝ってみたり、私の身体は体外受精はいやだって拒んでいるんじゃないか、なんて深読みしてみたり。 その日はまたえんえんと泣いて、すごく落ち込んで、でもおかげでちょっとふっきれました。数日経った今は――これからのこと、あまり考えていません。 夫はナチュラルウェイ(「イトナミ」のこと)をもっと追求すべきなんじゃないか、繁殖期(と我が家では呼ぶ・排卵日前後のことね)は三連投だよ、なんて言っております(笑)。 2ヶ月か3ヶ月――つまり年が明けて2009年になってから、またこのクリニックへ戻るのか、再び体外受精をするかどうか、今はまだよくわからない。「一喜一憂せず、淡々と。サイコロを振るように」を選択するのかどうか。 先日結婚4周年を迎えました。思えば去年結婚3周年のとき、翌年は赤ちゃんと一緒に迎えられたらいいな、なんて淡い期待を抱いていました。いや結婚3周年に限らず、お正月やクリスマス、誕生日。2人でなにか記念日を過ごすときは、よくそんなことを思います。 このブログを書き始めたのは8/27、一回目の採卵の日でした。それから3ヶ月ちかく、不妊治療のことが頭のかなりの部分を占めていたと思います。だからしばらく離れよう、休憩しようと思います。 仕事のことも、きちんと考えたい。しばらくいろんなことを中途半端にしてしまってきたから(それは他でもなく私の責任なんだけど)、このままだと自分自身が何かぐらぐらと揺らいでしまうのです。 母になりたいという願いをを諦めることはありません。 でも、不妊治療は、しばらく「スロー」に。 身体を整えることは続けよう。 そっち方面で、ときどき書いていけたらいいなあと思っています。
by madrebonita
| 2008-11-14 00:44
| IVF 2周期
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